貸画廊の最後

昨日20131225日に、ひとつの画廊が幕を閉じました。

それは、大阪・西天満にある「番画廊」。

今秋にオーナーの松原光江さんが亡くなり、画廊を閉めることになったのです。

関西で活躍するアーティストが展覧会をするたび、私は見に行っていました。

 

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いわゆる「ギャラリー」は、音楽でたとえるとライブハウスのようなもの。

普通の人たちには行きにくい場所です。

でも作品を発表したいという人たちにとっては、必要な場所でもあります。

 

番画廊は、美術用語でいう「貸画廊」でした。

「貸画廊」は、お金さえ払えば貸してくれる、

という意味に取られがちですが、

多くの場合、お金よりもオーナーの目にかなうことが重要です。

彼らオーナーは、ときにはお母さんのようにアーティストと接し、

作品のアドバイスなどをしながら、発表の場を提供していたのです。

 

 

2000年代に入り、美術用語でいう「コマーシャルギャラリー」が台頭してきました。

「貸画廊」は場所貸しであると蔑視され、数も年々減っています。

番画廊のように、オーナーが亡くなることで、スペースも無くなっています。

 

 

番画廊の最終日である25日の夕方4時ごろ、私は展示を見に行きました。

小さな画廊の最後の展覧会は、

300人ものアーティストが10センチ四方の小さな作品を出品する、

という内容でした。

会場は、動けなくなるくらいのお客さんと出品作家があふれていました。

そこは単なるレンタルスペースではなく、

愛情や信頼といった「人情」が詰まった場所なのでしょう。

 

 

私は番画廊で、この展覧会に行くことで、

世知辛い世の中に「見失っていたなにか」を見つけた気がします。

アートとは、

単に作品やアーティストの素晴らしさを教えてくれるだけではない、

と改めて思い直したのです。

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